釜ヶ崎の現状

1. 労働者の街「釜ヶ崎」
  釜ヶ崎の朝は早い。3時半、肩からふくらんだバッグを提げた労働者が、もくもくと、まだシャッターの閉まっている労働センターにやってきます。なかには仲間どうし朝鮮語、中国語で話しているグループもあります。「現金(当日のみの仕事)いこか」と声がかかります。すでに手配師のワゴン車も何台かは来ています。声をかけられるのはほとんど40代の若手層で、年配の労働者はみんなから少し離れたとこにひっそりと立って、メンバーの欠員補充で手配師から声がかかるのをまっています。
 それでも1日の求人は2千数百人分しかなく、10人に1人の割でしか仕事が当たりません。このところ日当も1万円を切り、弁当もつかないケースがほとんどです。
 日雇いの仕事に見切りをつけて、アルミ缶やダンボールの回収、露天あきない(新聞・雑誌・古道具・弁当・オモチャなどなど)でなんとかしのぐ労働者がふえています。
 なかでもアルミ缶回収は野宿を強いられた労働者の主要産業ともいえるほどです。近隣市町村の資源ごみの日に合わせて自転車で走り、回収車が来るまえにひろい集めるのです。早い者勝ちですから、まだ暗いうちから出かけることになります。アルミ缶はキロ100円が釜ヶ崎周辺の買い取り業者の相場ですが、多い日少ない日を平均すると1日300円から500円の稼ぎ。1日1食で過ごす人が少なくありません。アパートはおろかドヤ(簡易宿泊ホテル)を利用する余裕などなく、みな野宿を強いられています。

2. 反失業闘争の心がまえ
 協友会も加わっている「反失連」結成時の共通の支援活動の心がまえは次のとおりです。
 @釜ヶ崎は「労働者の街」、労働を通じて社会参加の道を求める人々の町で        
  ある。
 A釜ヶ崎の存在は日本社会全体の動きと連動しており、地方行政の枠や制
  度では対応しきれない課題であり、国政課題として提起していく。
 B釜ヶ崎での諸活動をしなくてすむ、社会環境の変革を視野に入れて、現場
  での日々の対応と活動をする。
 C労働者がどのような立場におかれ、何を求めているかを社会にもっともよく
  伝えるのは、労働者自身の集団行動である。
 D法制度面での課題解決の道もおろそかにせず、市会・府会・国会での課
  題提起と決議をうながす運動をしていく。
その成果の一つとして、労働センターでの一般就労とは別に、55才以上の野宿の労働者2784人が登録する輪番による「特掃」(高齢者特別就労事業)が行われ、毎日191人分の仕事と、24人分の3日継続のガードマンの仕事が出るようになりました。
 しかし、こうした努力も焼け石に水です。野宿から解放されるためには、いまの10倍ほどの仕事が必要です。
 運動のもう一つの成果として、この8月から「大阪ホームレス就業支援センター」が釜ヶ崎に立ち上げられ、一般企業からの仕事を受注する仕組みが整えられつつあります。

3. 生活保護取得の支援
 野宿を強いられている労働者の当面の課題を解決するもう一つの大切な活動は、衣食住と医療の確保です。その手立ての一番有効なものは生活保護の取得です。協友会の諸施設だけでなく、さまざまな団体が支援活動をしています。
 ここにも闘う姿勢が求められているのです。

4. 炊き出し・夜まわり・シェルター
 炊き出しや夜まわり、シェルターの運営は、あくまでも緊急避難としての位置づけです。「とりあえず、こんな対応しかできなくてごめんなさい」という姿勢が大切です。

(ほんだ)

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