協友会通信63号より

20064月発行
釜ヶ崎キリスト教協友会通信63
大阪市西成区萩之茶屋2-8-9 旅路の里気付
TEL/FAX 06-6631-2720
共同代表 秋山 仁 吉岡 基

釜ヶ崎の冬

越冬闘争

 多くの人たちがクリスマスやお正月を迎え、家族や友人らと団欒の時をすごしている頃、釜ヶ崎では「第36回越冬闘争」が行われていました。

 「越冬」や「闘争」といった呼び方が大袈裟に聞こえるかもしれません。しかし、釜ヶ崎の労働者自身と活動する諸団体、そして支援者らが協力し合って「生きて春を迎える」「仲間の命と生活を守る」活動を続けているのは、今から36年前と何ら変わることのない現実の厳しさがあるからです。

 大阪では11月頃までは比較的暖かかったものの、12月に入って急激に冷え込みました。この頃から釜ヶ崎のほぼ中心にある西成警察署には、遺体を運ぶ警察車両や葬儀会社のワゴン車が頻繁に出入りする光景が見られました。

 新聞や警察の発表は無いものの、釜ヶ崎をとりまく状況や急激な寒さが、この街の労働者、特に野宿を強いられている労働者の命を奪っていったものと考えられます。

 

生きて春を迎える

 年末年始に集中して取り組まれた越冬闘争の終了後も、寒さの続く2月一杯までは釜ヶ崎キリスト教協友会が「夜まわり」を軸に越冬活動を継続します。一人の死者もださず「生きて春を迎える」ことがどれだけ厳しい目標であるかを「越冬闘争」という言葉の中に感じます。

 夜まわりだけでは解決することのない大きな課題とむきあいながら、労働者と共に闘っていきたいと思います。

(吉岡 基)

 

‘05’06 越冬を前に

   大阪市に申し入れ

釜ヶ崎キリスト教協友会では、年末・年始の越冬闘争に先立ち、2005年に入ってからの、大阪市の釜ヶ崎日雇い労働者・野宿者に対する対策の中で、以下5点の事項についての申し入れ書を、2005126日付で、大阪市に提出しました。

 

大阪市長 関 淳一殿

大阪市健康福祉局局長殿

大阪市ゆとりとみどり振興局長殿

2005126

 

大阪市西成区萩之茶屋289

旅路の里気付

釜ヶ崎キリスト教協友会

共同代表(秋山 仁、吉岡 基)

0666312720TEL/FAX

申し入れ書

 2005124日、名古屋市内にある白川公園で、野宿を余儀なくされている労働者のテント・小屋が一斉に撤去された事件は、我々の記憶にまだ新しいところです。この行政による、公園や路上からの野宿者追い立ての動きは、大阪市内においても、2005年に入ると、より一層強まってきています。野宿者を強制的に追い立てない(=居住の権利を守る)という事をぬきには、他のあらゆる人権は成り立たないと、釜ヶ崎キリスト教協友会では考えますし、大阪市においても、居住および生活の諸権利を守るという観点から、今越冬期における釜ヶ崎日雇い労働者及び野宿を余儀なくされている労働者の対策を実施される事を申し入れます。よって、以下の諸点の申し入れ事項について、20051220日まで文書で回答されるようお願い致します。

1)今年度の、大阪市の越年対策の具体的な内容についてお聞かせ下さい。

2)「退去勧告」について

 @2005年の10月に入ってから、大阪城公園・靭公園・西成公園では野宿生活を続けている労働者に対し、期限を切った「退去勧告」が文書で出され、多くの労働者は不安におののいていますが、まずこの事態について、どのように考えているのか答えてください。

 A次に、野宿を余儀なくされている労働者に対し、期限を切って、退去を強いることは、強制排除を行う事と同様、日本も批准している、国際人権規約社会権規約11条に明らかに違反し、又、国際法規の遵守を謳った、日本国憲法98条の2項にも違反していると考えます。この点についても、どのように考えているか答えてください。

3)夏期・冬期一時金について

 雇用保険被保険者手帳所持者に、毎年、支給されて来た、夏期・冬期一時金(ソーメン代・モチ代)が、この2005年からは、夏期一時金が支給されておらず、冬期一時金もその支給が危ぶまれています。「財政難」というのが、その不支給の理由の様です。いままで、湯水の如く、私達の税金を使い放題に使い、そのしわ寄せを、夏期・冬期一時金を支給しないというやり方で、弱い立場に置かれている、釜ヶ崎日雇い労働者に押し付けることは、許されない事であると、私達は考えます。ともかく、早急に、大阪市負担分の夏期・冬期一時金の支給を再開して下さい。そして、この件について、どの様に考えているか答えて下さい。

4)舞洲の自立支援センターについて

 現在、此花区の舞洲で、自立支援センターの建設工事が進められていると聞きます。具体的な成果を挙げ切れていない、自立支援センター事業の現状の中で、新たに、自立支援センターが設置されようとしている事について、私達は、深く失望の念を抱かざるを得ません。ともかく、今回の舞洲の自立支援センター事業の概要について答えて下さい。

5)高齢者特別清掃事業について

 1994年より、大阪府・大阪市によって続けられている高齢者特別清掃事業に登録している労走者には、いまだに月に2〜3回程度しか、仕事が回って来ない状況にあります。バブル景気が崩壊して以降、とりわけ高齢者に仕事がない中で、この高齢者特別清掃事業の継続及び拡大は、行政の最低限度の責務であると考えますが、この件についてどの様に考えているか答えて下さい。

以上、申し入れます。

*  *  *

 この申し入れ書に対して、200619日、市側より回答がありましたので、以下に全文を掲載します。

*  *  *

平成18年 1月 6

市民の声 No.0510-12034-001-01

               No.0510-12304-002-01

釜ヶ崎キリスト教協友会 様

大阪市市民局市民部長 森田 博

担当 広聴相談課 岡久

電話 06-6208-8000

 前略 平素は何かと大阪市政の発展にご協力いただき誠にありがとうございます。

 お返事がおそくなりましたが、さきにおよせいただきました件につきまして、担当の所属である健康福祉局、ゆとりとみどり振興局から回答がありましたので、別紙のとおりお返事いたします。

 なお、今後とも大阪市政に対しまして、いっそうのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

草々

*  *  *

市民の声No. 0510-12304-001-01

釜ヶ崎キリスト教協友会 様

健康福祉局 

 平素は、何かと大阪市の野宿生活者対策に、ご理解、ご協力をたまわり誠にありがとうございます。

 回答が遅くなりましたが、さきにお寄せいただきましたお問い合わせの件につきまして、お答えします。

 まず、今年度の大阪市越年対策の内容でございますが、今年度につきましても、昨年度と同様に平成171229日より面接を行い、大阪南港の臨時宿泊所へ入所していただいたところでございます。

 次に、夏期・冬期一時金の内容でございますが、昭和46年に事業開始以来、福利厚生措置事業費として支給してきたところでありますが、本市においてはきびしい財政状況であり、全ての事業において精査、見直しを迫られているところであります。当事業につきましても、個人給付事業等であることから例外ではございません。従って大阪府と同様、平成17年度以降の福利厚生措置事業費は支給を行いません。

 なお、福利厚生措置事業費につきましては、交渉窓口である大阪府との交渉経過を見守ってまいりたいと考えております

 次に、舞洲の自立支援センターの内容でございますが、野宿生活者問題は、失業・倒産、疾病、借金など、複雑要因が重なって発生しております。このため、相談員が市内を巡回し、個々の野宿生活者の就業・健康・悩み等につきまして相談を行い、帰郷を希望する人につきましては、家族・知人等への連絡・仲介を行い、また、高齢、障害や病弱等の福祉的援護が必要な人につきましては、関係機関と連携を図るなど、個々の状況に適した支援等を行っております。

 本市では、野宿生活者が自らの意思で安定した生活を営めるように支援することを基本に、就業意欲のある野宿生活者につきましては、「自立支援センター」へ入所していただき、宿所や食事の提供とともに、公共職業安定所と連携して職業相談・職業紹介等を行い、就職に結びつきやすい技能講習を提供して、就業の機会を確保することを支援しております。

 また、就職困難者の雇用などを推進するため、本庁舎等の清掃業務の一部に総合評価一般競争入札を実施し、自立支援センター入所者の就業の機会を確保することにより、事業主等の理解と協力に努めているところでございます。

 今後、新たな自立支援センターの建設に伴いまして、入所者個々の状況を多面的に把握し、きめ細かな自立のためのプログラムを作成して、就業による自立に向け、より一層の支援を行ってまいります。

 次に、高齢者特別清掃事業の内容でございますが、本市としては地域の雇用確保のため、本市単独で1128人を確保したところでございます。現在実施しておりますあいりん対策の各種事業につきましては、府、市とも必要な事業であると認識のもとに、国に対しまして本市が実施しております高齢者特別就労事業を始めとするあいりん対策の各種事業に必要かつ十分な財政措置を講ずるよう、今後も強く要望してまいります。

 なお、野宿生活者の問題につきましては、国、府と連携しながら、自立を支援してまいりますので、よりいっそうのご理解、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

 

【本件に関するご意見、お問い合わせは下記まで】

              生活福祉部 保護課(電話番号:06-6208-8024

              生活福祉部 ホームレス自立支援課(電話番号:06-6208-7924

*  *  *

市民の声No. 0510-12304-002-01

釜ヶ崎キリスト教協友会 様

ゆとりとみどり振興局

 平素は、大阪市政にご理解、ご協力を賜り、誠にありがとうございます。

 回答が遅くなりましたが、さきにお寄せいただきました件につきまして、ご回答いたします。

ご提言事項2−@

 当局では、テント・小屋掛け等の物件で公園を不法占拠することは、都市公園法第6条の占用の規定に違反することから、公園管理者の日常業務の一環として物件を撤去するよう、日々の巡回監視の中で物件所有者に対して指導・勧告を行っています。

 公園管理者として、この指導・勧告業務は大阪城公園をはじめとする大規模かつ集団的なそれに限らず、本市所管公園全てについて実施すべき義務を負うものです。

 しかし、公園管理者は物件所有者の個々具体的な人的措置に関する権限は有していないため、「大阪市野宿生活者対策推進本部」のもと、国の「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づいて策定した実施計画に則り、野宿生活者の自立支援及び福祉援護等につなぎながら、公園の機能回復と利用の適正化に取り組んでいます。

 こうした中、大阪城公園、靭公園は12月から、また西成公園については11月からそれぞれの整備工事を予定していますが、これらの工事予定箇所に不法占用物件があるため、この状況を放置すれば今後工事の進捗に影響を及ぼすことが予測されることから、工期の保全を図るべく、予め工事の時期・内容等の説明を物件所有者個々に対して行い、一定の猶予期間を設けて協力を依頼しています。

 未だこの依頼に協力をされない方がいますが、今後も粘り強く物件撤去の協力を求める努力をしていきたいと考えています。

ご提言事項2−A

 社会権規約111項は、締約国において、相当な住居を含む相当な生活水準についての権利及び生活条件の不断の改善についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、これらの権利の実現に向けて積極的に政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものです。

 締約国の規約実施義務については、21項において、斬新的なものにすぎないと理解されており、国家に課された立法措置についての努力義務であって、個人に対して即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではないと解してます。

 今度とも、大阪市政に、ご理解、ご協力を賜りますよう、お願いいたします。

【本件に関するご意見、お問い合わせは下記まで】

  総務部 管理課

  2−@につきましては、電話番号:06-6615-0652

  2−Aにつきましては、電話番号:06-6615-0643

*  *  *

大阪市からの回答を受けて

大阪市からの回答は、大阪市の野宿生活者に対する施策の問題点を浮き彫りにしました。健康福祉局は現状の説明にとどまり、ゆとりと緑振興局は公園内の野宿生活者を「都市公園法」と「公園整備」を盾に排除の動きを正当化しています。今回の回答を受けて、大阪市の野宿生活者に対する施策が部局の枠を超えた「オール大阪」として連係されたものではなく、各局が自分の局の都合でバラバラに動いている様子がよくわかりました。

 

 

1月30日の行政代執行に抗議

大阪市の人権蹂躙を許しません!

 2005130日(月)、大阪市は遂に、靭公園と大阪城公園の一部の地域で野宿生活を続けている労働者の住居=テントを強制撤去しました。今回、大阪市が強制排除


1
30日午前零時より、市は公園の封鎖を開始

の手続きに入ったのは、200615日(水)からですから、1ヶ月にも満たない内に、強制撤去が行われた事になります。

 早朝の8時から開始された、今回の強制撤去には、実に700名近い職員・ガードマンおよび多数の警察官が動員され、最終的には、この強制撤去に抗議した1名が「傷害」容疑で不当逮捕され、3名が救急搬送(うち1名は全治1ヶ月の骨折)されると言う事態になったのです。

午前8時過ぎ、およそ700名の市職員、警備員が団結小屋を取り囲む

 靭公園、大阪城公園においては、数年前より、「世界バラ会議大阪大会」、「全国都市緑化おおさかフェア」を開催するにあたっての、公園整備工事が進められて来ました。この流れの中で、昨年に入ってからは、靭公園、大阪城公園でテントを張って野宿生活を続けている労働者に対する、公園事務所職員による、公園からの追い出しの動きがさらに強化され、今回の強制撤去に至るわけです。


団結小屋

 公園からの追い出しの「代替策」として、大阪市が提示して来たのは、大阪城公園シェルター、自立支援センターへの入所です。しかしながら、11食、2畳足らずのシェルターや、最長6ヵ月後には退所しなければならない自立支援センターの現状は、まさに「排除のための受け皿」としてしか機能していないのです。このような実態をよく知っているからこそ、靭公園、大阪城公園でテントを張って野宿生活を続けている労働者の大半は、シェルター、自立支援センターへの入所を強要する大阪市職員の「説得」を拒否し続けたのです。

 今回の強制撤去の直後、大阪市は、「…公園を不法占用しているテント・小屋掛け等は景観を損なうのみならず、樹木や草花に悪影響を及ぼしていることや、酒に酔って騒ぐなど、周辺住民に不快感や不安感を与えており、市民から環境改善を求める声が数多く寄せられているとともに、公園整備工事の支障となっていることから、やむを得ず代執行を行いました。」と言う声明を、文書で発表しています。しかしながら、こ

午後1時過ぎ、市の強制排除により、小屋も人も公園から締め出される

の声明は明らかに、二つの重大な事実を見過ごしています。一つには、今回の強制撤去中止を求める声がかなり多く寄せられた(署名だけでも、2週間足らずで、2000名近い署名が集まった。)と言う事実と、もう一つには、例えば、靭公園においては、2年前に結成されたテント村自治会が、西部方面公園事務所と交渉を持ち、テント移転を含めて、話し合いで協力してきたと言う事実です。


団結小屋が取り壊された後、フェンスを挟んで対峙する

 周辺住民が公園で野宿生活を続けている労働者に抱いている不快感や不安感は、野宿生活を続けざるを得ない背景等を行政がきちんと説明すれば、その多くは解消されるはずですし、公園整備工事についても、テント移転を含めた話し合いによって、充分工事はやれたはずです。にも関わらず、大阪市は、一部の周辺住民の声のみを優先して、話し合いによる解決を拒否し、強制撤去と言う強硬手段に及んだのです。とも

午後3時ごろ大阪市役所への抗議行動。靭公園から排除され、そのまま市役所へ向かった。

かく、靭公園、大阪城公園のテントを守る事は出来なかったものの、大阪市の強引なやり方は、マスコミ等によっても報道され、多くの人々の反発・反感を招いた事だと思います。こういった人々との繋がりを保ち、より多くの人々に野宿者の抱える問題を伝えながら、これからも、1人でも多くの、野宿を余儀なくされている労働者の、居住権を守る取り組みを推し進めていかねばと思います。いよいよ、釜ヶ崎も、最も寒さ


午後4時過ぎ。靭公園横の児童公園にて。

の厳しい2月を迎えますが、今回のような強制撤去が2度と起こらないために、どのような事を取り組んでいくべきなのかと言う事が、一人、一人に問われている様に思います。

(大谷隆夫)

 

2005年〜06年協友会越冬の取り組み

 釜ヶ崎キリスト教協友会は、今期の「越冬」の取り組みを、越冬小委員会を中心に二つの方針を掲げて始めました。一つは、労働者に直接還元できる活動としての夜回りを行うこと、二つ目は、釜ヶ崎の地域外の人たちに対して、野宿の状況や背景を伝える活動を行っていくことです。特に、こどもの里の夜回りにはじめて参加する人たちのオリエンテーションとしての学習会なども、協友会として積極的に協力することを決めました。

 まず、1124日(木)夜、夜回りの準備のため、下見を行いました。地区内は徒歩、それ以外は車に分乗してまわりました。市内のあちこちで追い立てが厳しい様子で、労働者が野宿する場所も市の中心部に移ってきています。今回は特に船場・心斎橋あたりに多くの労働者が移動していたのが確認されました。天王寺公園や駅舎周辺でもかなりの野宿労働者が、数えられています。この下見の結果を受けて、夜回りのコースの検討を行いました。

 また、126日に大阪市に対して市の越冬対策や公園からの排除などの問題について申入書を提出し、19日に回答書をもらいました(P□〜□参照)。この回答書に対しては、内容的に納得できないことから、131日までに直接面談を申し入れましたが、まだ市からの回答はもらっていません。

 1211日(日)には、喜望の家を会場に協友会の越冬前段集会を行いました。今期は特に、夜回りの際に注意すべき事柄、緊急事態にどう対処するかを話し合う集会にしました。釜ヶ崎の現状について発題を受けた後、夜回りを行っているそれぞれのグループから過去の「緊急事態」や問題の実例を出してもらい、話し合いました。救急対応の問題と対処の仕方、どう対応してよいのか困った点など、たくさんの問題の実例が報告されました。出席されていた医師の黒川さんからは、医療従事者からみた野宿労働者の「緊急時に際しての見分け方」について、呼吸数や脈拍の数え方などを見極めの基準にすることが話されました。この「緊急時の見分け方」に関するマニュアルは、黒川さんがまとめて各夜回りグループに配布されています。救急搬送の対応に関する問題については、実際に問題ある対応がなされた場合には、越冬小委員会でまとめて、消防署への申し入れをすることにしました。

 1231日から200613日までは、越冬セミナーを行いました。6名の参加があり、西成公園や三角公園での越冬祭りへの参加と交流をし、また平井さんから釜ヶ崎の歴史と問題の背景について話しをお聞きしました。今回の越冬セミナーに合わせて越冬のしおり(ガイドブック)も、各夜回りの学習会に使えるように改訂をしました。

 2006111日(水)からは、「越冬闘争実行委員会」の医療パトロールを引き継いで、協友会の夜回りが始まりました。下見の際にも感じたことですが、野宿の場所が市内各地に移っています。釜ヶ崎の地域内や日本橋周辺では野宿労働者は少なくなっているようですが、阿倍野斎場の内ではたくさんの野宿労働者が確認されています。

 例年、越冬期間中に行っている下着配りは、今期29日(木)に行います。1400組の下着を、地域内のシェルターと夜回りで配布します。

 協友会の「越冬」夜回りは、2月末まで(子ども夜回りは、34日土曜日まで)続けられます。

(あきやま)

 

 

越冬セミナー参加者の感想から(抜粋)

  *ここにある行政は役目を果たしておらず、名前だけのものという現実がありました。そういった面から釜ヶ崎は、大阪、日本から無視された街のように感じました。

A.Kさん)

 *様々な人たちと出会い、話し、行動の中でそれぞれ違う考え方を持ちながら一緒に助け合って行こうと言うこと、人は出会って助け合って生きるようにつくられているなと感じました。ですから、帰ってから出会いをとおして生きることができるかなと・・・。

M.Lさん)

 *路上生活者は「自己責任によりここにいるのだから、しょうがない」という風に思っていましたが、一人一人、ここに来るまでの過程があり、それを認めた上で、その人の個性として、その人らしく生きている路上生活者に対して尊敬の念も抱くようになりました。

A.Yさん)

 *(今後、)地元に住む路上生活者と支援を通して共に生きていきたいと思います。

O.Yさん)

 *釜ヶ崎における社会的矛盾等について、平井さんのお話や交流会等で、対市役所交渉でいかに嫌な思いをし、また理不尽さを感じ、それが怒りへと変わっている多くの人たちの姿や発言から、より深いものとして感じるようになりました。

Y.Mさん)

 

 

子ども夜まわり学習会-こどもの里 

 20年目の子ども夜まわり、今年から学習会を、毎回参加組みと単発参加組みに分けて開催。単発参加組みは比較的高校生が多く、協友会のメンバーに釜ヶ崎及び野宿労働者の現状と実情について講義してもらっている。毎回参加の子ども組みは「戦争と子どもたち」がテーマで、講師は劇団(トゥル)の座長キム・キガンさん。絵本と体を使っての実に楽しく分かりやすい学習内容で、子どもたちが楽しみにして参加人数は40名を越えている

一回目のテーマは「生命(ヌチ)ドウ(タカラ)」。戦争を重い生命の源であるへそ(・・)ちち(・・)ばば(・・)でおさえられる。夜まわりで出会うおじさんもへそ(・・)をもち、お母さんから産まれてきた重い生命であることを心に留める。2回目は「なぜあらそうの?」。小さなケンカが大きくなっていく過程を、何で?何で?とゆっくり考える。又人がいかに簡単に雰囲気に巻き込まれてしまうことを、みかん取りゲームで体験。3回目「戦争中の子どもたち」。沖縄戦の絵本を読み聞き、(ガマ)の中でのろうそくの明かりと暗闇と日本兵の怒号に戦争の悲惨や怖さを体験。4回目は「日の丸でしてしまったこと」。5回目「戦争のつくり方と憲法第9条」6回目まとめとして「君たちはどの立場で生きるのか」を大きなかぶで体験。反戦の立場を自分たちのものにしてゆきたい。

 

 

各施設・団体からの夜まわり報告

山王こどもセンター

 月に一度の夜まわりをはじめて2年近くになります。参加者は子どもが5~10人。大人が4~8人。(こどもセンターの他、千里国際学園の生徒&先生。野宿者ネットワークスタッフ)

山王地区を3コースに分け、おにぎり、冬は毛布やカイロをもってまわっています。野宿者を訪れる時には「体の調子はどうですか」等に加え「こどもの頃にしていた遊びは何ですか」など、毎月おっちゃんに聞いてみたいことをみんなで話し合って決め、声をかけています。通年的にまわることや、このような質問をすることで、今では顔見知りのおっちゃんもできました。それが「地域の中で共に生きる」という考え方のきっかけになるのではないかと思います。

SCMStudent Christian Movement

 117日から228日までの毎火曜日(随時日曜日)の夜回りを、SCMが担当しています。人数が毎回5人前後と少なく、まだ釜ヶ崎内しか回れていませんが、今のところ大きな問題もなく、無事に進んでいます。

 釜ヶ崎内のルートは、旅路を出発し、センター→萩之茶屋→銀座通り→三角公園→旅路に戻る、というルートで回っています。もちものは毛布、ダンボール、カイロ、情報ビラです。

 私たちが回っている範囲では、だいたい50~60人の野宿労働者に会いますが、去年の今頃に比べて全体的に人数が減っているように思います。カイロや情報ビラなどを配る量も減った、という声もあります。

 私たちは、すべての時間を釜ヶ崎に捧げることができません。週に一度の夜回りで、釜ヶ崎につながっています。その分、しっかりと現状を見つめて、自分たちが今できることをできるだけの力でしてゆきたいと思います。

 今回は人手が不足しており、日曜日の夜回りや、山王ルートまでの夜回りなど、いろいろなことが難しくなってきています。ご支援・ご協力くだされば幸いです。

暁光会

 年が明けて118日より通常の夜まわりを開始しました。当初から人数が少なく、南港の臨時宿泊所へ行った人たちが、拡散して戻ってきていないのか?それとも他の動きがあるのか気になっています。2月初旬で約100名と、20~30名少なくなっています。

ルートは阪神高速恵美須入口から日本橋3丁目まで(でんでんタウン)の堺筋、堺筋から一本東側と西側の通り、道具屋筋、黒門市場周辺、高津・夕陽丘出口付近から天王寺動物園入口までの阪神高速沿いと、時により阪堺電車の恵美須町駅を回っています。おにぎり、毛布、特に冬は毛糸の帽子などを配り、おにぎりは阿倍野教会、毛糸の帽子も有志の方によって作られています。

ふるさとの家

月曜日は8時から10時頃までカイロと毛布を車に積み34人で回ります。テントを持たず、毎日寝場所を探して野宿をする人を中心に声を掛けます。毛布や寝袋を持っている人もいますが、どの人も部屋を持つ私たちよりも少ない枚数です。「毛布は足りていますか?」と尋ねますが「あります。大丈夫です」と云われます。「置いとく場所がない」とか「持ち歩かれへんから」と荷物を最小限にするため、思う以上に寒さに耐えながら野宿をしているようです。

こどもの里

 私は、夜回りのとちゅうに、ヤンキーの人がおっちゃんのねてる、ダンボールを、なげつけていました。それと、最後の人は、りょう足が、いたいと、ゆっていました。よっぱらいの人が、君名前なになんと、ゆかに、言っていました。最後の人は、何年か前に、きゅうきゅう車、よんで、びょういんにいったそうなんですけれども、なんも見てくれなかったとゆっていました。

鶴中の(中一)エンジャ

 とうふやの人がおじさんたちのことをばかにしていたからむかついた。この人らが外ですごしているのは、じごうじとくとゆうていた。

弘治小学校

 今日は、夜回りで北の方へ行きました。おっちゃんたちは、とてもやさし人たちなのに、なぜみんなさべつとかむいみなことをするのでしょう。おっちゃんみたいな人が幸せになれたらいいなーと思いました。今度もまた、話をききたいです。

教育大学ふぞく平野小学校(3年)

 

木曜夜まわりの会

 「木曜夜まわりの会」は通年で夜まわり活動をしているグループです。越冬期間は気候のいい季節と比べ、路上で野宿をしている人の数が随分少ないように思われます。しかしこのことは野宿者の数が減ったことを意味するわけではありません。むしろ、寒さをしのぐため夜間シェルターに入所していると考えるのが適切です。2000年と2004年に設置された二ヶ所の夜間シェルターは、利用時間、衛生管理、プライバシーなど改善すべき点を抱えた施設ではありますが、「路上死」という最悪の事態を防いでいるという意味では一定の効果をみせているようです。とはいえ釜ヶ崎およびその周辺部では厳冬期においても路上で野宿をしている人が常に200300人いるため、緊張感をもった活動を続けています。わたしたちは微力ながらも軽んじられる命に敏感でありたいと考えています。

 

喜望の家

 金曜の夜まわりでは、昨年末の下見の結果、今年は本町から心斎橋にかけての商店街も回るようになりました。約40人ほどの方が寝ておられ、廃品回収のため北区と釜ヶ崎周辺の間を行き来している人が多いこともわかりました。また公園からの排除に続き、日本橋では大阪市建設局による排除が進み、野宿されている人が減っています。路上でテントや小屋で生活している人が追い出されています。公園から追い出され、今度は路上からも排除されようとしています。毎晩毎晩、定まったところで寝ることができず、移動し続けることは体力や気力が消耗する大変な生活です。本当に「どこに行けというのだ」と怒りを覚えます。

 

 

就労対策に関する要望書

大阪府知事

太田 房枝 様

20051213

釜ヶ崎就労・生活保障制度の実現をめざす連絡会

共同代表 山田 実    

本田 哲郎   

就労対策に関連して、以下のことを要望する。

【要望事項】

1,               国に対して、雇用創出のための対策予算の確保を強く働きかけられたい。

2,               特別就労事業の創設を、引き続き国に要望されたい。

3,               現行の「特別就労事業」の拡大、拡充をはかられたい。

野宿対策の要は、やはり、就労による収入(生活費)を得ることだろう。しかし、これだけ、野宿者に対する根強い差別偏見があると、自己努力だけではなかなか就労機会が得られない現状にある。野宿を余儀なくされる人の緊急避難的な就労対策は、まだまだ公的(=社会的)なものでやらざるをえない。
 「特別就労事業」の就労数が絶対的に不足している。現在、府で100人、市で115人が確保されている。その上に、ホームレス就業支援センター運営協議会で民間から寄付されている14人が増員となって、全体で229人になっている。しかし、これでは不十分なことは前述のとおりである。民間の努力に応じ、行政も、もっと増枠して、より実効性の高い施策とすべきである。

現在、輪番登録者数2784人、したがって、つきに23回(年平均)の割合でしか輪番が回ってこない。後は、アルミ缶などの廃品回収でかろうじて生計費を得なければならない状態であるが、そのアルミ缶ですら先細りになっている。これでは、生活の維持どころか、つまるところ、生命の危機さえ生じかねない状況である。特別就労事業枠の拡充をはかってもらわねばならない。

民間の努力による就労数の拡大がのぞめない間は、行政が責任をもって就労の確保に努める必要があろう。また、充分な就労数が確保されない段階において、安易な形で民間の努力などを相殺するようなことがあってはならない。

4,               就業支援センターを軸にした就労開拓で、55才に至らない労働者の就労機会確保も充分にはかられたい。

5,               就業支援センターに登録した労働者が、実務に就くことができるまでの待機期間中に、少しでも収入が得られるようなしくみが必要と思われる。職能、技能の見極め、労働生活習慣獲得のための訓練事業を作られたい。

6,               就業支援センターでの自前の仕事作りの実践に対しても、支援されたい。

7,               公益性のある社会的事業の内容で、新しい就労事業を創設されたい。

これまで、野宿生活者の就労事業として、地域の清掃、草刈などが中心に出されてきた。これからは、自然との調和、あるいは、サービス関連分野のような、より社会性、公益性を持った事業などで雇用を生み出す必要がある。それによって、社会貢献、労働の達成感が深まる。例としては、森林・里山活用保全事業、リサイクル事業、環境保全・緑化事業、サービス関連事業など。

8,               訓練センターを作られたい。

現在、野宿生活者の中には、長く寄せ場で日雇い労働をやってきた高齢労働者もいれば、企業のリストラなどで、寄せ場を経ずに野宿に至った人、さらには、いわゆるニート層なども含まれる。こうした、若年から中年、高齢者に至る野宿生活者の就労は、それぞれ、体力、能力、持っている技能などに応じて、様々な就労形態を提供できることが望ましい。たとえば、@高齢者向きの軽作業 A元気な人向けで、あまり技能の要らない仕事 B元気な人向けで、技能が要求される仕事などによって、就労先が違ってくる。そして、それぞれが、就労に向けて、技能訓練、能力開発などができればいい。

そのためには、その目的、機能を遂行できるだけの規模の「訓練センター」が必要である。そこでは、職場常識・慣習の学習から始まって、ニーズの多い職種での技能訓練、そして、企業・商店などでの現場実習なども、幅広く実施できればいい。

こうした訓練センターは、野宿生活者の「就労自立」に大きな役割を果たすことは、十分に考えられるので、必ずや実現を望みたい。

9,               生活保護を活用しながら再就職の道を探る野宿労働者対象の就労開拓とサポートをはかられたい。

半就労半福祉の考え方であり、その適用は、野宿生活者の「就労自立」の一環として、重要な課題である。

生活保護の中には、「自立の助長」という考え方も盛り込まれている。現に、「自立支援プログラム」の取り組みが強化され、被保護者が稼働能力の活用をはかるきめ細かな対応がされようとしている。したがって、この施策を前提とし、困窮の事実にのみ要否判定の根拠を求め、稼働能力の活用については、保護決定後の就労指導、自立支援プログラムの適用において問われることとされるべきである。60才以下の、働く意欲、体力のある労働者に対しても、積極的に、「自立支援」としての生活保護を適用し、野宿労働者の就職、生活の再建、社会参加などをはかってもらう体制を作っていくべきである。

半就労半福祉の考えに基づいた生活保護の適用では、仕事を積極的に見つけて就労する、もしくは、ハローワークへの求職活動などの「就労努力」が必ず伴ってくる。その「就労努力」をしっかりやりきる労働者もいれば、福祉センターから再三の指導を受けながら、打ち切られている労働者もいる。問題は、こうして、打ち切られていく方の労働者に対しての、就労面および精神面を含めての支援体制を作る必要がある。

困窮の事実は認められながら、稼働能力の活用不十分を理由とした申請却下を不適当であると明記した文章を、市保険課から、区支援運営課宛てに出されたい。

10,白手帳持ちが減っている現状についてどう考えているのか?

 あいりん職安の有効手帳数が減少を続けている。その原因をどのように(仕事の減少、ヤミ印紙の摘発効果、印紙を貼る業者の減少etc)考えているのか明らかにされたい。その上で、釜ヶ崎の情況に対する影響予測と行政判断を明らかにされたい。

11,社会医療センターの締め付け、労働者の健康問題についてどう考えているのか?

 社会医療センター受付窓口の対応の変化により、受診しがたい思いを抱く野宿生活者が出ている。無理な取立てではなく、強制力を持たない注意喚起とはいえ、弱者にとっては強く響くものであることに配慮し、医療センターを指導されたい。

12,民間ボランティア団体が行った「野宿生活者支援統一行動」について、行政はどう評価し、どうサポートしていくのか?

 民間団体による健康問題を中心とした支援活動が、拡がりを見せている。これは従来の定住型野宿生活者対策を重視する行政のあり方に見直しを迫るものであると考える。自立支援センター入所にほぼ絞られる「巡回相談」のあり方についてもそうである。

 民間の新たな活動に対する行政の評価、行政による従来の支援策の検討について、明らかにされたい。

13,釜ヶ崎の二つの夜間シェルターについて、いつまで臨時的な施策としてやるつもりなのか?

 「あいりん緊急臨時夜間避難所」は、臨時・緊急的措置であるはずのものが、今宮宿所においては来年3月で丸6年となり、いまだ利用者激減による廃止という目処が立っていない状況にある。現状では存続はやむを得ないとしても、夜間宿所利用者減少に結びつく施策を展開(たとえば、夜間福祉相談員の常駐、他の一般的居所を確保しての入居勧奨)し、早期廃止をめざすべきであると考える。廃止できる条件、施策について明らかにされたい。

14,「自立支援法」にもとづく「基本方針」「実施計画」の見直し

 20028月に施行された「自立支援法」は、法附則第3条において、法の施行後5年を目途として、その施行の状況等を勘案して検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられることになっている。20078月が施行後満5年となり、見直しの時期が迫ってきているといえる。

 大阪府・市の実施計画策定は2004年であり、府市ともに実施計画に基づいた対策は始まったばかり、ということもできると思うが、実施計画の5年を終えた後で総括を出しても,法の見直しに間に合わないことは明らかである。

 200510月実施の国勢調査速報値により、野宿生活者の推定値を探り、2005年度終了後に野宿生活者対策の中間総括をとりまとめ、国並びに立法府に対して、法の見直しについて提言されたい。なお、中間総括とりまとめに当たっては、民間NPOや研究者の意見を聴取し、反映されたい。